競輪の結果をまとめるところ

レース番号レース種別 半周ラップ(一周ラップ) 1着決まり手 2着決まり手 3着決まり手 J選手着 H選手着 B選手着(上がり) 自分が使うときにまとめる。なんの責任もとりません。

【十一場目】宇都宮競輪場

 あれはいつのミッドナイトだったか、まだ小倉、前橋が始めてすぐのころだったように思う。解説役の競輪専門紙記者が、出走表のメンバーを眺め、ある選手について触れた。

「●●選手も、ようやく練習をしだしたようなんですが。なかなか成績がついてこないなぁ」

 つまり、それまではろくすっぽ練習をしていなかったと言っている。この選手は、40歳を前にしてA級3班、昨期の競走得点は60点台もかなり低いところで終わり、今期も6着7着が続き。いまさら多少のもがきを入れたところで、選手生活の終わりは近い。

 「練習が仕事、競技は集金」なる金言は、かの滝澤正光(引退、千葉43期)のものとされている。どんな世界であれ、基礎練習は単純で単調だ。それに加えて、競輪選手は、御上から降ってくる斡旋に身を任せるまま、全国数十場の競輪場を3泊4日で巡る生活を余儀なくされる。逆にいえば、現場にたどり着きさえすれば、大きな借金でもない限り、すぐさま生活に困ることはない。

 みな、なにも最初から怠けようというわけではないだろう。だが、さあ今日の練習はどうしようか、まあ、昨日と同じようにやればよいや。最後の10分間、もうキツいから軽めで終わらせよう。それでも、たまたまうまい結果が出る日もあって、今日はなんか良い感じだった、まだ俺もやれるもんじゃないか。なら、ちょっと息抜きをしたってさ。どうせ、すぐにどうなるわけでもない。今日のぬるさの積み重ねは明瞭たる逃避へと落ち着き、さすがにマズい、少し頑張ろうとして、だけれどそれもすぐ終わる。

 そんな弱さは、程度と状況の差こそあれ、誰しも身に覚えがある。それに、人は老いる。中年に差し掛かれば、三年前にはできたことが、軋み、ずれ、気づけばキマらない。プロスポーツ選手ともなれば、そもそもの肉体の消耗が並大抵のものでないはずだ。

 だから私は、自分勝手な共感によって、冒頭のその選手、チャレンジの負け戦で単騎千切れていった、緑のユニフォームを忘れられない。

 

 寝坊してしまった。この日の目当ては第1レースである。春日部駅日光線に乗り換え、栗橋駅からJRへ。JR宇都宮駅のテラスに出て、地上のバスターミナル、競輪場行きバスの停留所へと走る。なんとか送迎バスに滑り込み、自宅を出てから2時間半後、締め切り10分前に競輪場に着いた。ここは、市内有数の公園でもある八幡山のなかにあり、その上り坂には屋根付きのエスカレーターが設置されている。こいつを駆け上がり、スタンド内へと向かう。脚見せは終わってしまったが、車券の方は間に合った。

 RAIZANバンクを名乗り、神山雄一郎(S級1班、栃木61期)を育てたこの500バンクは、奥行きがそれほどなく、どちらかといえばコンパクトな造りをしている。前述したように山肌を造成して建てられているが、伊東などと異なり場内に入ってしまえばファンエリアの高低差はそれほどない。スタンドも新しいので、わりあい快適に観戦することができる。わたしは入ったことがないが、公式サイトを見る限り、バンクを見下ろすスタンド上階のレストランなども自慢であるようだ。

 本日はガールズ入りのヒラ開催2日目、チャレンジの負け戦一つ目に三ツ井勉(A級3班、神奈川45期)が出走する。今年で64歳、現在の競輪界で堂々の現役最年長選手である。検索をかければ、初出走が1980年4月の西宮――プロ野球阪急が本拠地としていた西宮スタジアムで、ほんの20年前まで競輪をやっていたのだ――だとか、特別競輪出場こそないが往時はS級でもそこそこやっていたらしい、といったことはわかるのだが、さすがに私は氏の現役時代の大半を知らない。だが、下手すれば三ツ井から二回りは下の選手がやる気なく千切れていくのが珍しくないところ、ガッツのあるその位置取りに幾度唸らされたか。出走表で、その名を見かけるとつい気になってしまう、という客は多かったのではないか。

 それでも、さすがにここのところ競走得点が苦しい。このままでは、いよいよ。

 この日の三ツ井は、薮下直輝(A級3班、北海道95期)、佐藤仁(A級3班、秋田57期)――こちらも、御年58歳也――の北日本勢の後ろ三番手を回る。別線の自力はそれほど怖くないが、薮下も昨日を見る限り好調とはとても。500バンクの直線一気で、三ツ井の突き抜けまであるのでは……との予想で、私は三ツ井がアタマの3連単全通りを買った。ヒラ開催はただでさえ売り上げが少ないから、穴目を狙うときは3連単でなければ配当がハネきらない。どうせ人気に逆らうならば、どんな大穴が飛び込んできても拾おうじゃないか、の総流しだ。ライン通りの安いところを厚めに買い足すと、掛け金はけっこうな額になった。

 締め切りの放送が流れ、三ツ井たちがバンク内に出てくる。還暦をとうに超えているはずなのに、その顔つきはまったく老けた様子がない。たとえチャレンジの負け戦、売上せいぜい300万円1着賞金7万円だろうと関係ない、勝負へ望む姿勢の険しさが頼もしい。

 周回が進み、ジャンで薮下が早めに前を抑える。Sを取っていた 伊加哲也(A級3班、岡山70期)はいったん三ツ井の後ろ、四番手に下げたが、その外には 眞鍋伸也(A級3班、香川85期)のラインが並走。伊加からすれば下げて自分で叩く気はなく、だがこのまま四番手競りも面白くない。仮に眞鍋が先行ならば、六番手からの捲りになる。どうせやりあうとすると、より1着が近いところでやる。そう考えたか、薮下が外に振りつつ緩く流す3・4コーナー、伊賀は内からもぐりこみ、番手の佐藤にイン競りの形で最終ホームを通過した。

 薮下は何度か後ろを振り返り、2コーナーからペースアップ。佐藤が伊加を思い切り内に押し込んだが、伊加は失速せず返す刀で反撃を食らう。佐藤は後退、伊加が薮下の番手となったが、伊加の後ろ松中宏樹(A級3班、熊本84期)はへろへろ。三ツ井が三番手にもぐりこめばまだ……ああ、降りる佐藤に絡まった!踏み始めていた三ツ井は下げ、態勢は前から薮下→伊賀→佐藤→三ツ井の順、そこに真鍋が最終バック前から捲って進出し、車間があいた三番手へ入る。

 三ツ井は諦めず、3コーナーから外に出すと、首を左右に振るいつものがむしゃらなポーズで追い込み。薮下は直線でもう一杯、真鍋も捲り切れずここまで。伊加がハコから悠々抜けだしたが、三ツ井もぐいぐい伸びているぞ!だが、伊加は捕らえられず、3/4車身届かずの2着。3着には、道中踏み遅れた分最後余力があった梅澤謙芝(A級3班、三重57期)が突っ込んだ。全体にバテた展開の中だから上りはそれほどでもないが、道中展開が向かなかったにしては十分な見せ場だ。観客席から、「勉さん、ありがとう〜」の声。わたしも、同じように楽しめたお礼を。

 2レースを見して、チャレンジ準決勝となる第3レース。前日すんなり逃げ切った競走得点上位荒井春樹(A級3班、長野99期)からが人気も、時計は大したものではない。その競走に同乗しなすすべなかった菅原洋輔(A級3班、岩手98期)から買う気もなく、それなら若干20歳の新人・北野佑汰(A級3班、香川115期)を使う工正信(A級3班、広島55期)の目が十分ではないか。それでこの人気のなさはないだろう、と工を1着固定3連単の総流し。なにやら、ずいぶんと破滅的な買い方をするようになってきたな。

 広島の工といえば、かの名著『ギャンブル・レーサー』の作中、「最近、工もすっかり弱くなっちまったなぁ」「落車しすぎたんだから仕方がねぇべ」との客の会話が印象に残っている。名門・広島商業高校野球部出身、1982年の夏の甲子園決勝に出場し、1985年に競輪選手としてデビュー。1987年、同期の鈴木誠(引退、千葉55期)が優勝した競輪祭日本新人王戦決勝で5着。1989年には、競輪界の最高峰、花月園ダービー決勝で2着している。スター候補の一角を占めていたには違いないが、今も昔も位置取りに厳しい選手ほど落車するのが競輪だ。タイトル戦線に加われた期間は短く、記念競輪での優勝も1989年の防府記念1回のみである。今年55歳、チャレンジ生活も1年になるが、まだまだ2班への復帰を狙える力はある。

 競走が始まり、ジャンで北野が誘導員をゆったりと切る。中段の菅原、その後ろの荒井ラインはお互い牽制しつつ、荒井がインから抜いて工の後ろ三番手へ。下げ切らず外並走の形になった菅原は、このまま北野に突っ張られるのは嫌だったか。思い切って、4コーナーから先行を仕掛けた。先頭の北野も合わせて踏み始めるが、ひとまず三番手に収まる形。荒井は、自力の捲りを信じての最終ホーム五番手である。

 一本棒で最終バック手前、北野が捲りを打ったが進まない。菅原の後ろ、自身も自力自在型の佐川拓也(A級3班、福島99期)がブロックするが、相手の北野は大した勢いでもないのに、外に持ち上げ過ぎている。後ろの工は、このぽっかり空いた前の空間、菅原の番手を俊敏に取り切る。そのまま一休みという手もあったろうが、ここはすぐさま車を外に出し、菅原を捲りにかかった。まだ浮いていた佐川は、この工の判断で止めを刺され後退。僅かなチャンスを見逃さない素晴らしい捌き、怪我に泣かされ、結果として下り坂の方が多かった長い選手生活の中でも、工正信は一流の片鱗を手放してはいない。

 この間、後ろの方では、ラインの先頭荒井がまったく動けないのに見切りをつけた土屋宏(A級3班、群馬83期)が、自らインから発進する。三番手の落合豊(A級3班、茨城69期)とともに、工の後ろにうまく乗った。3コーナーで工は菅原を抜き先頭、荒井から買っていただろう多くの客が「あー、沈んじまった」と嘆く中、私は叫ぶ。「たくみぃぃ、いいぞ、そのままだ!」

 だが、工は直線粘りを欠き、土屋が後ろから抜け出していく。「嗚呼、ダメか」と呟き、落合にも交わされたところがゴール線。ヨーロッパに人気薄の工、車番4→6→2で決まった三連単の配当金は、30,780円。工がアタマの2→4→6なら192,390円、2→6→4ならなんと320,650円だったのだが……だが、あの工の捌きには、久々に夢を見せてもらった。

 レース後、幾人かが工に声援を送っていたが、レーサー上の工本人はクビを下げ、不満げな様子に見える。人気薄の中で会心の展開だったからこそ、1年前ならあのまま1着だった、ここが500バンクでなければ、など後悔の方が大きいのかもしれない。

 いや、本人に聞いたわけでもなく、そもそも表情すらろくすっぽ読み取れない距離だ。これは私自身が、工や三ツ井へ憧れが混じった期待ってやつを、投影しているだけなのだろうな。

 

 さて、感傷はここまで。この2レースで穴狙いの馬鹿張りをやりすぎた。財布の中身は随分と寂しくなっている。ここまで来たら、ほかの年寄りに頑張ってもらって取り返そう。5レースには地元の野崎修一56歳(A級3班、栃木57期)、1・2班戦だと 杉浦康一54歳(A級1班、北海道58期)に伊藤一貴(A級1班、栃木72期)が47歳、お、場外の防府記念、次のレースは中澤央治(S級2班、大阪59期)がいるな…………

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競輪場へはだいぶ階段があるが、右手のエスカレーターを使えば安心(2019.11.4)。

なお、競輪場内は写真撮影禁止になっていたため(以前から?)掲載しない。

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まあ、食事ならほかの客の写りこみもないし……場内スタンド内食堂で食べた目玉チャーシュー丼350円。ラーメンのチャーシューと丼物用の玉子でサービス商品1品、という感じか。(2019.11.4)

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煮込み定食570円。煮込みはあっさりオイリー系。ただし、ナイター開催時を除き場内でアルコールは提供していない(2020.8.1)

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(2017.4.8)

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個人的に、宇都宮競輪場の名物にしたいのがこれ。2017年に入れ替わった自動給茶機だが、とても美味しい。全国の公営競技場はこれに統一すべき(2017.4.8)

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JR宇都宮駅前のビル(2019.4.20)

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宇都宮市内を流れる田川を渡る橋の脇に、妙にレトロな公衆トイレがある(2019.4.20)

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市内中心部の繁華街「オリオン通り」に近く、東武百貨店もある東武宇都宮駅だが、休日でもなんとなく物寂しい。オリオン通りもずいぶんと寂れてしまった(2019.4.20)