時代が変わるというので、大きな連休が来た。しかし、私は皇室への崇敬にそれほど篤くなし、かといってこれを機に大仕事を成し日本国政府を大いに恐怖せしめてやろう、と陰謀を巡らすべきある種の思想を有しているわけでもない。大してやることもないので、規則正しく健康的に、勤勉至極にも競輪場へばかりいっていた。
平成も最後の日曜日、伊東温泉競輪へと向かう。この日は、短期登録の外国人選手が出場する、国際トラック支援競輪の最終日である。伊豆は大観光地であるから、鈍行列車の東海道線、伊東線も車内は家族連れでそこそこの賑わい。その中で、ロイド眼鏡に黒の学帽、外套を羽織った男が目立っていたが、なにかの文学コスプレ大会でもあるのだろうか。伊東温泉競輪といえば、かの坂口安吾御大がはまり込み、写真判定を巡り裁判まで起こしたという、たいへん由緒ある土地であったことなどを思う。
伊東駅着、列車はこの後も伊豆急として下田まで向かうが、過半の客がここで降りた。伊東温泉競輪に行く際は、場内の食事事情を考慮し、伊東駅の老舗駅弁屋「祇園」が出している駅ソバなどを食べてから、駅前のロータリーからでる送迎バスに乗るのが通例である。しかし、改札を出て左手、コインロッカーの横にあった小さな立ち食いソバ屋は、白い覆いがかかり閉じられている。そこにあった張り紙には、駅側へ店舗が移転した旨。戻ってみると、新たに室内にチェーン系コーヒーショップとお土産屋とができており、そのならびに祇園の店舗も移っていた。しかし、並んでいるのは稲荷寿司や幕の内弁当ばかりで、ソバツユを入れた鍋は見当たらない。
6個入りの稲荷寿司を買い求め、食べながらスマホで検索したところ、3月の店舗移転をもって、ソバ屋を廃業するという記事が見つかった。真新しい店舗の表示、この伊東駅名物を称する稲荷寿司の掛け紙などにも、「創業1946年」の文字があるが、そもは駅ソバ屋であったはず。稲荷寿司は関東風に白酢飯が詰められたもので、冷たいがとても甘かった。
伊東温泉競輪場は、伊東駅からバスで市内を走り10分ほど。特筆すべきはその立地で、川辺の斜面を切り崩しバンクを作り、さらに斜面上にスタンドを配している。なので、競輪場の入り口は町がある平地側から川を橋で渡るし、場内は上り坂が多い。バンクのバック側はまたすぐ斜面になっている。その分、スタンド自体がバンクに対して高いから、二階席からでもサンサンバンクをはっきりと見下ろせるのがよい。
外国人選手が出走するのは、9Rのガールズ戦と、最終の決勝戦。ガールズはふだんあまり見ないが、日本人では小林優香(福岡106期)が筆頭。外国人のグロ(フランス)とファンリーセン(オランダ)両者の実力は、トラック競技での実績から明らかだろう。オッズの方は、二車単でファンリーセン→グロが5倍を切る1番人気、しかし次点はその裏ではなく、小林→ファンリーセン、ファンリーセン→小林と続く。やはり、こういうのは日本人選手が買われるものなのだろうか。しばし考え、観戦料に1番人気の二車単を小銭で買った。
競走が始まる。外国人勢はグロ→ファンリーセンの並びで後方6・7番手、小林は太田りゆ(埼玉112期)の後ろ二番手を取った。打鐘から、鈴木奈央(静岡110期)と石井貴子(千葉106期)の南関ラインが先行する。最終ホームでグロが浮き気味ながら進出を開始しようとしたところを、先頭から4番手にいた小林は見逃さなかった。これが勝負ありで、小林にあわされグロは不発、そのまま捲った小林が1着。建て直したファンリーセンも自分で捲って2着、石井貴子は最終バックで番手捲りにでて抵抗したが、最後は後ろにいた太田にも交わされ、太田の方が3着となった。勝った小林には、場内からは多くの拍手があがり、日本の競輪を守った小林を讃えている。
少し場外へ出て温泉などに浸かってから、さて最終の決勝である。こちらは、直後に開催される日本選手権競輪にS級の上位選手がことごとく出場予定のため、もとより日本人選手で外国人勢に抵抗できそうな者はいない。問題は、外国人3名でだれが290万円という「ビッグマネー」を掴むか、である。
事前に行われた決勝戦選手紹介で、マティエス・ブフリ(オランダ)は腰の状態ついて通訳を通し「あまりよくない、けど先行なら大丈夫」と答えていた。二日目の優秀戦では、ジョセフ・トルーマン(イギリス)→マシュー・グレーツァー(オーストラリア)→ブフリ、と並んでいる。ここはブフリ→グレーツァー→トルーマン、と連携。調子落ちのブフリが機関車役に徹するというのがもっぱらの見立てで、オッズもグレーツァー頭からの一本化被りだ。ふだんは個の力で競技を戦っている選手たちだが、日本に来ればこのとおりである。
しかし、初日準決の走りを見るに、調子を考慮してもブフリも勝負圏外とは思えない。普通に走ればラインの先頭から差されない目もあるはずで、このオッズは行き過ぎでは、と車券はブフリの頭から流した。
が、賢しく世の中を斜めに見てみても、世の中の見立てが正しいというのはよくあること。果たしてブフリは青板周回から率先して早駆けし、最終的には垂れて5着。1番人気で決まったトルーマン→グレーツァーの二車単は180円だった。
なんの理由もないけれど、帰りは沼津行きのバスに乗った。連休の渋滞をのろのろと抜け、伊豆半島の真ん中険しい山道を、ぐーるぐーると登っていく。そういえば、伊東温泉は先日の記念でも、郡司浩平(S級1班、神奈川99期)が死に駆けして地元の渡辺雄太(S級1班、静岡105期)を優勝させていたな。山を下りると沼津はもうすぐ、東伊豆の海岸線とマリーナが見えた。
それから数日は、近所の取手競輪場でワンタンメンを食べたり、函館競輪場のナイターを家でだらりと打ったりして過ごした。30日からは、いよいよこの連休にある日本最大級のイベント、松戸競輪場で開催される第73回日本選手権競輪である。
わたしの地元での開催であるから、当然現地で観戦しなくてはならない。初日は予選だけだから止したが、果たして元号が変わった5月1日の2日目からは、毎日10時過ぎには松戸競輪場に着くよう、常磐線で乗り込んだ。早々に、おや新山響平(S級1班、青森107期)はかかりがよろしくないだとか、なにをトチ狂ったかいきなり逃げて4着になった小嶋敬二(S級1班、石川74期)――コメントによると、オールスターへのアピールらしいのでご投票を――のダッシュがけっこういい数字ぞ、など車券攻略上の手がかりもそこそこ見えた。
だが、私の車券は最終日まで一回も当たらなかった。車券を外すというのは、仕方がないことである。自分の選手の実力評価、展開予想が誤っている、また選手がベストを尽くすも惜しく届かない、というのは当然あり得る。しかし、外し続ける、というのはよろしくない。こういう際は往々にして、なにやら惜しい外れが続いていたりする。逃げた選手から番手との折り返しを持っているのに、最後別線の追い込み屋にギリギリ差されて3着だとか、大穴選手の頭を狙いインからするする伸びてくるも2着まで、とか。それでも、己を律することができない者に賭博の神様は微笑まない。「大丈夫、間違っていない。次はくる」と唱え続けて進むしかないが、ひらりひらりと負けは続く。
毎朝起きて、前日の競走を見返し、家を出て競輪場に着く。レースを観戦し、松戸のヤジはでかいなぁとしみじみし、車券買い、外す。家に帰る。この繰り返しを2日も3日も続けていると、いい加減変わり映えもせずなにをしているんだ、と嫌になる。それでもここまで来たら、やはり毎朝10時過ぎには、北松戸駅の陸橋で線路を渡っている。
令和元年5月5日、時代を跨いで6日間続いた日本選手権競輪も千秋楽。1Rからじっと我慢し続け、勝負するのは第7競走の特選(一)。ダービー3連覇が期待されていた三谷竜生(S級S班、奈良101期)から人気も、今節のかかりは非常に悪い。小松崎大地(S級1班、福島99期)は常日頃から競走の組み立てがしょうもなく、ならば同期の竹内雄作(S級1班、岐阜99期)。この開催も果敢な先行でよい時計を出しているが、6番車ということもあって人気がない。二車連携でもう一人が誰になるかわからないので、荒れ目を期待し竹内のアタマから3連単を総流しした。
思惑通り、赤板ホームから竹内が押さえてそのまま先行。三番手を簗田一輝(S級1班、静岡107期)と松岡貴久(S級1班、熊本90期)が取り合い――小松崎は案の定、松岡に一瞬で捌かれていた――、松岡がこれを制す。最終ホーム、S取りから一度下げていた三谷が再発進で捲りに来るも、これを2角で松岡が完ぺきなタイミングで合わせて止めた。ほれぼれするような技に、客席からもどっと声。後ろが激しいやりあいですんなりの先行となった竹内は、そのままスピードを落とさず最終バックを通過、マークの近藤龍徳(S級1班、愛知101期)を振り切り逃げ切った。松岡は直線3番手で回るも、さすがに脚が尽きたのだろう。後ろを回った岩津裕介(S級1班、岡山87期)が伸びてこちらが3着。3連単は29,940円、2枚持っていたから、令和の初当たりとしては悪くない。
決勝で脇本雄太(S級S班、福井94期)の強さに改めて感嘆し、松戸駅前へ出て最終日のみ同行していた知人らと酒を飲む。一軒目はチェーン店、続いて松戸で安く飲むのなら外せない大都会へ。食券制のセルフサービス、24時間営業、令和元年5月時点でチューハイ・ハイボールの類が1杯100円からというこの店は、いつ来ても妙なテンションの高さがある。
が、さすがに10連休だけあって、この日は21時で閉店するとのこと。だが、20時半を回っても店内は満員だった。店員も休みを目前に忙しさ極まった様子で、食券の半券――記載された数字を照らして、だれのものかを確認するシステムになっている――とネギトロ、焼き鳥、フライに揚げたタコ焼きなどを並べては
「もう、どうでもいいよ。誰でもいいから持ってちまえ。どうでもいいんだって」
と、すっかりやられたオケラみたいなことをつぶやいていた。
そう、平成も令和も、たぶん多くのことはどうでもいいのだろう。知人に、今日はでかいのを当てたから払いはそちらな、と笑いかけられ、この連休の収支を計算してみた。交通費と新聞代を除いてみると、出入りの差は数千円もなかった。
(2016.11.23)
往年の祇園の「唐揚げソバ」。(2016.11.23)
唐揚げは別売りもしている(2017.7.9)
(2017.7.17)
(2022.12.25)
競輪場へ渡る「競輪橋」(2016.9.7)
入場門の外向き発売所では、直近まで黒板書き成績が現役(令和元年時点で廃止)(2016.9.7)
(2020.2.15)
(2017.7.17)
(2019.4.28)
(2022.12.25)
スタンドの鉄骨は、そろそろ限界ではと思う(2022.12.25)
開催によっては、二階席が閉鎖される(2020.2.15)
場内の食事事情は非常に悪いのが伊東の泣き所。この酢だこなどは一応名物ということになっている(2017.7.17)
4コーナー側のそばコーナーのてんぷらそば。てんぷらは野菜と衣多め(2020.2.15)
(2022.12.25)
飲食店がリニューアル・統合されたが、まあ出しているものは変わらない (2022.12.25)
豊富な湯量を背景に、伊東は温泉銭湯が多くて安い。競輪場から徒歩5分の鎌田湯(2019.7.17)
(2019.4.28)
熱海から伊東へは、伊豆急の観光車両が多い(2022.12.25)
(2019.5.2)
(2019.5.5)
S級シリーズ、吉井秀仁杯フラワーラインカップにて(2019.12.8)
(2021.11.19)
松戸も場内の食事事情はよろしくない。競輪場内で飲酒が禁じられていた時代の名残の場外食堂がまだいくつか生きているので、そちらが無難。21世紀に「大衆食堂」を高らかに名乗るこちらの義野屋は中継も流れている(2019.5.3)。
(2019.5.3)
(2019.5.3)
(2019.5.3)
サービスランチ。かなりちゃんとした精進揚げが出てくる(2019.5.4)
場内の屋台で売っている焼き鳥1本100円。とにかく、甘いんだこれが。(2021.11.19)
特観席にて(2019.9.30)
特観席の食堂にあった「ミニバイキング」(2017.9.30)
そんな松戸にさっそうと登場した「ビールと肉の店」With Dream。ここはかなり良い(2021.11.19)
(2021.11.19)
(2021.11.19)
千葉競輪場改築中につき、この年の滝沢杯は松戸で(2018.10.14)
競輪場の施設所有者である松戸興産は、東京ドームの系列会社。なので、こんなものも。(2021.11.19)
(2017.9.17)
期間限定というが、ずいぶんと続いている。そもそもの値段からして安いしね(2018.10.13)
(2017.9.17)
(2018.10.13)
ラーメンも置いている(2017.9.17)